武士道とは生きることと見つけたり!
流祖・辻月丹は、享保12年(1728)に79歳の天寿をまっとうした。江戸時代中期の人にしては、かなりの長寿である。では、剣豪のなかで、辻月丹がとくに長寿だったのだろうか?
18世紀前半の日本人の平均寿命については、厚生統計協会編「日本人の寿命」に「宗門帳からみた寿命」(鬼頭宏)という優れた論文がある。それまで、近世人の平均寿命は、米の消費量から推定するなど、非科学的なデータを根拠に算出したものだったが、鬼頭らは、当時の戸籍とも言うべき宗門人別帳をもとに、全国的な調査をして平均寿命を弾き出したのである。これによれば、18世紀前半の平均寿命は、おおよそ39歳らしい。
やはり、辻月丹は驚くべき長寿だったのだ。
では、剣豪のなかで、辻月丹がとくに長寿だったのだろうか?
手元にある「精選日本剣客事典」(杉田幸三)で、紹介されている全剣豪の没年齢を計算し、75歳以上という条件でスクリーニングしてみた。この本は、あまり詳し過ぎず、それでも山口卜真斎のような「知る人ぞ知る剣豪」も採り上げているので、サンプルサイズとしてはちょうど良かった。生死が複数説ある場合は、短い方を採用した。
スクリーニングの結果は、下記の通りだ。(左から 姓名・流派・生死年・没年齢)これを視覚化したのがグラフだ。
飯篠長威斎 …香取神道流 (1387~1488)…102
愛洲移香斎 …念流(1452~1538)…87
塚原卜伝 …新当流(1489~1571)…89
宝蔵院胤栄 …宝蔵院流(1521~1607)…87
奥山休賀斎 …奥山流(1526~1602)…77
柳生石舟斎 …柳生新陰流(1527~1606)…78
丸目蔵人佐 …タイ捨流(1540~1629)…90
東郷重位 …示現流(1561~1643)…83
柳生宗矩 …柳生新陰流(1571~1646)…76
片山伯耆守 …伯耆流(1575~1650)…76
三間与一左衛門 …水鴎流(1577~1665)…89
山口卜真斎 …山口流(1582~1656)…75
長谷川英信 …長谷川英信流(1602~1719)…118
神子上典膳 …一刀流(1603~1680)…78
薬丸兼陳 …薬丸自現流(1608~1789)…83
浅山一伝斎 …浅山一伝流(1610~1687)…78
小田(出)切一雲 …無住心剣流(1630~1706)…77
関口八郎左衛門 …関口流(1630~1716)…87
辻月丹 …無外流(1649~1727)…79
奥村権左衛門 …東軍流(1659~1734)…76
真里谷円四郎 …無住心剣流(1662~1743)…82
長沼四郎左衛門 …直心影流(1688~1767)…80
樋口定高 …馬庭念流(1703~1796)…94
吉田一無 …一刀流(1704~1782)…79
寺田五右衛門 …天真伝一刀流(1745~1825)…81
松浦静山 …心形刀流(1760~1842)…82
石山孫六 …小野派一刀流(1828~1906)…79
渡辺武常 …斎藤派無念流(1838~1919)…76
高橋赳太郎 …無外流(1859~1940)…82
川崎善三郎 …無外流(1860~1944)…84
高野佐三郎 …小野派一刀流(1862~1950)…89
飯篠長威斎の102歳は怪しいそうだが、長谷川英信の118歳は、当時の江戸でも評判だったらしく、まんざらウソでもないらしい。松浦静山と石山孫六の間に年代の空白があるのは、幕末の剣客たちのほとんどが若くして凶刃に倒れているからだ。無外流が3人も引っかかったのは、作為はなく偶然である。
それにしても、剣豪たちの長寿ぶりには驚くばかりだ。平均寿命の倍以上の長生きである。
長寿の原因はさまざまだろうが、武芸の効果は大きいだろう。適度な運動が身体に良いことは疑いようがない。しかし、ここには「適度な運動」で済むような人物は一人もいない。全員が「稽古バカ」なのだ。それも、血尿が出ても竹刀を握っているような猛者揃いである。
「過度の稽古は身体に良くない」とは、真理かも知れないが、この剣豪たちには当てはまるまい。まさに、近世・近代の怪物たちである。
では、過度の稽古で長生きできる者と、つぶれる者の違いはどこになるのだろう?
強靱な肉体と精神力はもちろんだが、結局のところ「正しく稽古できているか」ではなかろうか?
幸い私は指導者に恵まれた。私のように小さく叩く者に、小さく響くのはどんな指導者でも出来るが、大きく叩く「稽古バカ」には、とことん大きく「響き返し」てくれるのが頌寶塾である。
と言って、ヘンに気負う必要はない。
遥か高みには、昭和の怪物・塩川寶祥先生が大きくそびえ立っている。
大きく叩こうが、小さく叩こうが、高く掲げた目標に向かって、少しずつ前進すれば良い。
究極の目標は、長く豊かな人生を生きることなのだから。
武士道とは、良く生きることなのである。